別冊クリナリオ|ワインエッセー 青野亜希子











フランス料理ジビエの旬は冬
備えて栄養を蓄える。豊潤な味わい
その店は、アンコウと仔羊の料理で調和させ
雉、鴨、鶉、鳩、鹿、猪の国産ジビエで客をもてなす
仕上がりは月の谷に生まれたワイン



ジビエを堪能できるお店

フランスと言えば狩猟民族国家。

海に囲まれた島国・日本とはまた違った食文化があります。
その代表的なものがジビエ(Gibier)。

狩猟で狩る野生の獣・鳥のことをいうのですが、その旬は冬に備えて栄養を蓄えるころ。

肉は本来、『熟成』といって少し寝かせることによって、肉自体の持つ酵素の働きで筋肉が柔らかくなると同時に、タンパク質が分解されて旨み成分のアミノ酸が増します。

ジビエの場合の熟成の工程は、その新鮮さ・風味を最大限に活かすため、内臓や血などをとどめた状態で数週間~1か月くらい保存しておきます。

そうすることで血の鉄分や内臓の風味が肉に移り、より豊潤な味わいになる・・・・・
ということなのですが、中には日本人からすると腐敗に近いような香りを放つものもあります。お国変われば、ということなのでしょうか。

その香りを緩和するため、より引き立てるために香辛料を使って調理したり、香りに負けないソースを添えたり、食材をよりおいしく食べるための向上心には感服します。

日本国内の流通の主流はフランス産ですが、少しずつ国産のものも出始めているように感じます。

そんな現状で、日本のジビエを堪能できるお店といえば、
『レストランOGINO』

シェフの修業時代にお世話になったお店にジビエを入れていた猟師さんが、シェフが東京にお店を出すことになってからも定期的に送ってきてくださるそうで、その国産ジビエの種類の豊富さはなかなか見られないと思います。

シャンパンに似合う前菜

今回お店を訪れたのは今年の初め。
時期もよく、シェフ自慢のジビエ料理がフルラインナップで迎えてくれました。

とはいえ、まずはさっぱりと、食前酒に頼んだシャンパンに合う前菜からいただきました。


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Gelle deconsomme de crabe sur hommard et mousse de celeri rave
カニのコンソメジュレ、オマール海老と根セロリのムース添え


甲殻類の風味の効いたコンソメのしたに、まっしろでなめらかな根セロリ*のムースが敷いてあります。

口に含むとムースというよりはクリームに近い口当たりで、すっと口の中で溶けたあとにはさわやかな根セロリの香りがほのかに広がります。

*根セロリ(celeri-rave)
セリ科野生の芳香性セロリ・アッシュ・オドラント(acheodorante)の葉なり根茎なりを、栽培によって発達させたもの。大別して茎・枝を食べるものと、根茎を食べるものに分けられ、根セロリは後者に当たる。


前菜

その後、赤ワインに切り替えて、ちょっと重めのお料理に。


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Medaillon de foie de lotte puree de pomme vinaigrette de miel et pivron noir
アン肝のメダイヨン、紅玉りんごのピュレ、蜂蜜と黒こしょうのヴィネグレット


今が旬のアンコウです。
メインのお料理にアンコウを使ったお料理がありましたが、アンコウは捨てるところがないといわれるほど食べがいのある冬の味覚です。

ピンクを帯びたきれいな肌色はちょっとフォアグラのようで、その肝をメダル状(これをフランス語でメダイヨンといいます)にカットし、紅玉りんごの果肉を煮詰めたものを添えて、蜂蜜の甘みと黒こしょうのぴりっとした刺激でいただきます。


お待ちかねのジビエ

そして、いよいよお待ちかねのジビエ。
その名もまた、Terrine de gibier all stars。


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Terrine de gibier all stars
ジビエ・オールスターズ/国産6種類のジビエのテリーヌ


OGINOの冬の定番ともいえる、このお料理は、雉、鴨、鶉、鳩、鹿、猪の6種類のジビエで作られていて、ジビエ好きには本当にたまらない1品です。

滑らかに仕上げられたお肉は口に入れると脂がすっととけて、ほのかな苦みとお肉の甘みが一気に口に広がってきます。

その香りが無くならないうちに赤ワインを一口含むと、これぞ相乗効果といわんばかりに旨みが膨らんで、思わず顔がほころんでしまいました。
これぞジビエ、これぞOGINO。

食べきるのが本当に惜しくて、一口一口じっくり味わわせていただきました。
(このメニューあまりに作るのが大変ということで、シェフ曰く今シーズンはもう作らないとのこと。)


赤ワインにあう仔羊料理

そして、メインは同じく赤ワインに合う仔羊をつかった料理。

Carre d'agneau farcis son jus
詰め物をした仔羊背肉の網脂包み焼き
骨からとったソース


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ジビエではないですが、OGINOの仕事の丁寧さを感じさせてくれる1品。

仔羊の骨付きの背肉に相性のいい香草・タイム、さらににんにく、マッシュルームなどを載せて、クレピーヌ**で包み焼き上げたものです。

ナイフを入れるとタイムの香りがふわっと広がる、完成度の高いお料理でした。

**クレピーヌ(crepine)
網脂。屠殺肉獣の横隔膜、特に豚のものが用いられ、脂の少ない肉を調理するときに肉がぱさつかないよう保護する、または保形の目的で巻いたりして使用する。



デザート

1月の締めはもちろんこのデザート。

Galette des rois sauce caramel salee avec glace au the
ガレット・デ・ロワ
塩キャラメルのソース
紅茶のアイス




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ガレット・デ・ロワはキリスト教の公現節(1月6日)・エピファニーに伝統的に作られるお菓子で、フランスのパティスリーでは、この時期になると店先の目立つ所にこのお菓子と金色の紙製の王冠がセットで飾られています。

中にはソラマメか陶製の小人形(フェーブ)が入っていて、切り分けた菓子片の中にそれが含まれていた人が王様になれる、というちょっとしたゲームを楽しんで、その年1年の健康や幸運を願うそうです。

来店したときホール状だったケーキは、デザートの頃合いになると続々と切り出されテーブルへ運ばれ、その度に「フェーブが当たりませんように・・・」とネガティブな願掛けをして過ごしていました。

幸いなことに私たちの番になるまで誰にも当たらなかったようで、満を持してデザートにガレットを注文すると、友人のケーキからフェーブが!
どうやら「あたりませんように・・・」という願掛けが私にも伝わってしまったようです。


ジビエに合うワイン「月の谷」

今日のワインはこちら。

Valley of the Moon 2006 Pinot Noir


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エチケットは瓶にそのまま塗料を吹き付けて描かれた月。

とても印象的な絵柄だったので少しワインについて調べてみました。

このワインが作られたアメリカ・カリフォルニアのソノマという地区は、まるで地上から生まれるように、月が峡谷の真ん中を昇っていく様から、先住民たちに「月の谷」と呼ばれていたそうです。

ブドウの生育にも月の満ち欠けが影響しますし、そう考えると土地に導かれてブドウ栽培、ワイン作りが始まったような気がして感慨深い気持ちになります。

ピノ・ノワールという品種はきれいなルビー色が特徴的なとても澄んだワインを生み出しますが、その色合いとは対照的に香りはチョコレート・革などの少し印象的な香りがします。

アメリカのものということで、その香りに少し樽からくる独特の木の香りを想像していたのですが、このワインはとてもきれいにピノの香りを引き出していてびっくりしました。

2006年とまだ若いものですが、味わいも程よく厚みがあって喉に抜ける時の余韻も長く、じっくり味わえる仕上がりのいいワインでした。









青野亜希子 あおのあきこ
料理家 エッセイスト
エコールキュリネール国立(現エコール辻)フランス・イタリア料理専門カレッジ卒。
ル・コルドンブルー料理ディプロム取得、銀座レストラン・ロオジェにて研修。
現在、料理教室開設に向けて準備中。