別冊クリナリオ|ワインエッセー 青野亜希子











冬の季節にも空の青さが明るく
江の島片瀬海岸は南フランスを彷彿とさせる
小旅行気分で訪れたイタリアンレストラン
眺めのいい部屋でワインは夕日に染まり
旧友たちとの再会に時間を忘れそう



懐かしい想い

自分の家は居心地がよくて好きです。
使い慣れたもの、見慣れた色・形・香りに囲まれて、それがいくら雑多な(片付いていないともいいますが・・・)場所でも気持ちが和むのは不思議。

そんなリラックスできる場所を外で探そうと思うと至難の技なのですが、
唯一ほっとして、周りを意識せず目の前の相手と料理に対峙できるお店が広尾にありました。

今そのお店は麻布に移転して、お店の規模も大きくなり店舗も増え、それにあわせて新しい人も増えて、なじんだ人がいなくなって・・・・、自然な変化なのですが、あの懐かしい感覚はいつしかなくなってしまいました。

残念な気持ちのまま、数年経ったある日。
とある雑誌で、以前そのお店でお仕事されていた方が江ノ島にできたお店でサービスをされている、ということを知り、懐かしさと期待に駆られて足を運ぶことにしました。


再会

ご一緒したのは昨年のフランス旅行で参加したツアーで親しくなった2組のご夫婦。

私も含めた5人が揃うと、いつでもフランスの話ばかりで、こんなツアーを見つけた、あの時はこうだったね、次行くときはこんなことしたいね、と延々笑いの絶えない楽しい時間になってしまう素敵なみなさんです。

そして最大の共通点は食事を何より愛していて、楽しんでいる人ということ。口をそろえて食の好みがこれだけあえば、どこに一緒に行っても大丈夫と言っています(笑)。

と、話はそれましたが、、、ご夫妻は、茅ヶ崎と小田原に住んでいて、埼玉からくる私にせっかくだからということで昼間江ノ島を案内してくださり、旅行した南仏を彷彿とさせる空の青さと海と陸の景色に天気のよさに感謝しつつ、小旅行気分が盛り上がったところで、きれいな夕日を眺めたあと、目的のお店へ足を運びました。

場所は江ノ電の江ノ島駅から線路に沿って5分ほど歩いたところにあります。線路に面した家並みの1つがそのお店。
『クラリタ・ダ・マリッティマ』

その時間、小さなお店が並ぶ通りはほとんど明かりが落ちていたのですが、そこだけ道に面した大きな窓から明るい光が漏れていたのですぐ見つけることができました。

少し早い到着だったのですが、快くお店に案内してくださって、サービスの方と再会と開店のご挨拶。


前菜

中はカフェ風のナチュラルな色合いに、オレンジ色のやわらかい光で落ち着きます。
席もゆったりしていて、他のお客様に気兼ねすることなくリラックスできます。
厨房はオープンで、臨場感と、客席のアットホームさが対照が印象的なお店です。

いただいたお料理は地元の野菜や魚をふんだんに使ったもので、お値段ではちょっと想像できない充実した内容でした。

夜になって少し寒くなるこの時期に、冷えた体を中から温めてくれる紫芋のスープから始まり、江ノ島産 本カワハギのカルパッチョ 肝ソースと続きます。

今が旬のカワハギの身のコリコリ感と肝の濃厚さ、添えられたサラダの味の個性がバランスの取れた1皿。

次は野菜を主体にした、
いろいろな茸のスパゲッティ
オレッキエッテ 湘南野菜のラグーソースの2品。

ひとつは定番のロングパスタ・スパゲッティーニ。
もうひとつのオレッキエッテはイタリア語で「小さな耳」を意味する手打ちのパスタ。

もちもちとした食感が特徴で噛み応えがあります。
地の野菜の味を引き立てたシンプルな味付けと調理法は、それぞれのパスタの形によく合った理想的な相性でした。


メインディッシュ

メイン1品目は、

腰越産 甘鯛の鱗焼と季節野菜のスープ仕立て

腰越は江ノ島近くの漁港です。
甘鯛は京都では「ぐじ」と呼ばれ、関西では高級魚として珍重されています。

身に水分が多いので、調理するときには少し塩をして水分を抜いたりとひと手間必要なのですが、鯛とはまた違った水分と脂分とのバランスのよさ、口の中でほろっとほどける身が特徴です。

これはソース代わりの少しとろみのついた優しい味のスープに、鱗をぱりぱりに焼き上げた甘鯛が浮かんでいて、繊細さと繊細さが引き立てあっている絶妙な一皿でした。

メイン2品目は、

蝦夷鹿のロースト
ベリー風味の赤ワインソース
安納芋のロースト添え

蝦夷鹿は冬ならではの一品。

冬の時期に解禁になる猟でとれた野生の動物をジビエといい、飼い慣らされた動物と違った運動量から生まれる噛み応えと、独特の旨みのある身質が旬ならではの味覚です。

ベリーのような少し酸味のあるソースと少しクセのある鹿肉は、フランス料理でも定番の組み合わせです。
安納芋は種子島で紫芋と並ぶ代表的な食材で、糖分がとても多く、焼くと甘みがさらに増すことで有名です。

デザートは数種類から選ぶことができ、この日はババ・オ・ラムモンブランなど、4種類ほどありました。

そして締めはコーヒー、紅茶、エスプレッソカプチーノハーブティーなど。
もちろん食後酒も揃っています。


この日のワイン

この日の料理に合わせたのは、
ISIMBARDA VIGNA MARTINA(インシバルダ ヴィーニャ・マルティナ)2007
リースリングというフランス・アルザス地方やドイツで有名な品種を使っています。


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ロンバルディア州の昼夜の寒暖の差のある地方で作られるこのワインは、一部を樽・一部をステンレスタンクで発酵させ、ボトルに詰める直前にブレンドされます。

色合いはややグリーンがかった金色で、品種の特徴的な香りとミネラル感が際立っています。
味わいは切れの良い辛口ですが、余韻が程よく長く、前菜のカワハギや続くパスタととてもよく合います。

2本目がANSELMI CAPITEL CROCE(アンセルミ カピテル・クローチェ)2006



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こちらはヴェネト州のワインで、品種はガルガーネガです。

一般的にはソアーヴェの品種ということでその名前が有名ですが、ソアーヴェというと比較的「軽い・さっぱり・安価」というイメージが強いかと思います。

ですが、このワインは、 栽培の際に丁寧な間引きを行い、収穫を熟成度によって2回に分け、 醸造では除梗後低温で漬け込みをしたあと、軽くプレスし別の素材の樽で2回熟成。
滓とワインを触れさせ味わいに厚みを出します。
そうしてできあがったワインの色は、濃い麦わら色。

ミネラル感と酸味と果実味のバランスがよく、ふくよかで余韻も長い、ソアーヴェとは一線を画した格上のワインに仕上がっています。

2006年とは思えない適度な濃度も、
オレッキエッテの食感と甘鯛のとろみのあるスープを引き立てています。

料理とワインの相性は、組み合わせの掛けあわせが無限大。
特に外で料理をいただくときには、メニューのことを良く知っているサービスの方にワインをお願いします。

もちろん飲みたいものがあればそれにあわせて料理をオススメしてもらうのもいいですが、視点が違うと自分の知識にない新しい発見と驚きがあって楽しいです。 
















青野亜希子 あおのあきこ
料理家 エッセイスト
エコールキュリネール国立(現エコール辻)フランス・イタリア料理専門カレッジ卒。
ル・コルドンブルー料理ディプロム取得、銀座レストラン・ロオジェにて研修。
現在、料理教室開設に向けて準備中。