別冊クリナリオ|ワイン翻訳








イタリアに魅せられて25年。
高級レストランにほんとうの味はない。
食文化の歴史と背景に通じてこそ、
偽物を圧倒する本物の料理に出会える。




イタリアに住まわれて、何年になるのでしょう。


1986年にイタリアに来ました。
もうすぐ4分の1世紀になってしまいます

イタリアに永住しようと思ってきたわけではありません。
私にとって初めての外国でした。

当時、東京女子国際マラソン出場を夢見てトレーニングしていたのですが、椎間板ヘルニアで20日ほど寝た切りになり、目標を失って、なんとなくイタリアへ渡り、外国人のためのイタリア語学校へ入学しました。

周りの日本人は仕事の関係や芸術の勉強のためにイタリア語を学んでいましたが、私は大した目標もなく、落ちこぼれでした。だんだん身の回りの荷物が増えすぎて、日本へ帰れなくなりました。(笑)


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ミラノを拠点に、通訳や翻訳、フードコーディネータなど、多彩なお仕事をされています。仕事の比重は、それぞれどのような感じですか。


一番多いのは通訳の仕事です。
だけでなく、イタリア中どこへでも出向きます。

専門はワインや食関係ですが、モビリティー関係の視察、さまざまな分野の見本市での通訳、先日は写真フェスティヴァルのカメラマンの通訳もしました。私にとっては、毎回新しい出会いが待ち受けています。

コーディネーターの仕事は、そのための準備期間が長いので、比重的には高くなります。外を出歩くのが好きなタイプなので、正直じっとして翻訳するのは、辛い・・・というのが本音です。

というわけで、現時点では、翻訳の比重が一番低いです。
でも、年を取ってきたら、翻訳のほうが向くでしょうね


通訳や翻訳など、いずれの仕事も料理など食文化に関連しています。
料理との関係は、どのようなものでしたか。


“食・ワイン関係が専門”という看板をあげるまでは、いろいろな分野の通訳をやっていました。

それは旅行会社を通しての依頼が多かったのですが、日本語でもわからないことを通訳する、という無責任な仕事に嫌気がさして、自分の専門分野を見極めようと思い、勉強し始めました。

この分野では絶対の自信があります。

会話を訳すだけでなく、イタリアの食文化に関わる歴史や背景を知っているという下地があって通訳していますから、仕事が終わってからも、お客様が興味を持っていそうなことを私から説明してしまうこともあります



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ミラノで、通訳や翻訳などの仕事の需要は、どのようなものですか。
料理関係の仕事は、多いのでしょうか。


イタリアはワイン・食事が素晴らしい国、そして面白い食材がある国、というイメージがありますから、おかげさまでこの方面の仕事のリクエストは少なくはありません。

日本人のためのソムリエ教室、プロのための調理学校の通訳を任され10年ほど経ちます。これはそれぞれ1か月ほどの缶詰授業で、この間は私も参加者と同じホテルに寝泊まりします。

ワインスクールをやっていらっしゃる方と毎年各地のワイナリーをまわったり、チーズ輸入会社の方、チーズ好きな方たちと、チーズ工場を訪問したり、ということも多いです。


イタリアソムリエ協会のオフィシャルテースターとは?


イタリアでは、イタリアソムリエ協会が主催するコース(延べ3段階6カ月)に通い、試験に合格するとソムリエの資格(国家資格)がもらえます。

オフィシャルテースター(Degustatore ufficiale)の試験を受けるには、まずソムリエの資格を持っていなければいけません。

ブドウの栽培、醸造、テースティングに関わること、またソムリエはどうあるべきか、というような幅広い分野から試験問題は出ます。

○×式の問題が30問、正解を選択するのが30問、筆記試験が30問で、時間はたったの60分しかありません。

イタリア人が時間が足りなくて、回答しきれずに答案を提出するくらいですから、外国人である私にはハンディーがありました。

猛勉強して、当日は死に物狂いで書きまくりました。ペンダコができたくらいです。

筆記試験が終わると、一人ずつ呼ばれ、試験官の前で渡されたワインをテースティングします。

イタリアソムリエ協会のテースティング表に乗っ取ってワインを表現し、点数を与えます。緊張しました。でも、あの白ワイン、美味しかった。(笑)

3ヶ月後に、合格の通知が届いた時には涙が出ました。
合格率は20%という噂もあるくらいの難問ですから。

日本人でイタリアのソムリエの資格を持っている人は大勢いますが、オフィシャルテースティングの資格を持っているのは、もしかしたら私だけかもしれません。


チーズテイスターの資格も持っていらっしゃいますね。


この資格は、ピエモンテ州に本部があるONAF(全国チーズテースター協会)が主催するコースに参加し、試験に合格することが条件です。

イタリアの主要なチーズの名称、特徴を覚え、またチーズがどうやってできるか、という化学的なことも学びます。

また、チーズを評価するための官能検査もできるようにならないといけません。

たとえば、放牧した牛のミルクから作ったチーズは、牛舎で餌で育った牛のミルクから作ったものとは、まったく味が違います。大量生産されたチーズには、個性がなく物足りなくなります。

舌が肥えてしまって・・・これが有利か不利かは考え方次第ですね。

いつも力説してしまうのですが、世界には2000種類のチーズがあり、イタリアには500種類のチーズが存在するにもかかわらず、まだまだその知名度が低いのが残念です。

イタリアチーズが、もっと日本で有名になるよう、努力したいと思います。



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これまで手掛けられた翻訳で、印象に残っているものがありましたら、教えてください。


『グルメ・ジャーナル』という月刊誌のために、イタリアの著名なワイン評論家の記事を翻訳していました。これが、『エノジェア』という一冊の本になりました。

彼の批評を訳している間、実際に同じものを飲んでみたい、と思いつつもままならず・・・残念でしたね。

現在、イタリアチーズのガイドブックを出版する準備に追われています。
日本のチーズ界でカリスマと言われている方からの依頼です。

私の仕事は、資料集めと翻訳。アバウトなイタリア人が相手なので、大変です。請求しても、請求しても、資料が手元に届きません。気長に頑張りたいと思っています。


印象に残っている通訳の仕事は?


ワインの世界に首を突っ込んだきっかけとなった、某ワイン輸入メーカーのカタログ製作担当のコピーライターの方のための通訳です。

もう、15年ほど前になりますが、私自身未熟だったので必死でした。
いろいろなことを学ぶことができました。今でも感謝しています。

毎年、日本人のためのソムリエ教室の通訳をしています。
イタリアソムリエ協会の公認講師の授業を通訳するのですが、10年もやっていると、受講生の顔つきをみれば、どこまでわかっているか見当がつきます。

1か月にわたる授業の後、受講生はそれぞれレストランへ研修に行き、5ヶ月後、試験のために戻ってきます。

その試験に受かるために、私も含め皆さん真剣勝負です。
1か月間、同じ釜の飯を食べた、我が子のような彼ら・・・受かる人もいれば、残念ながら落ちてしまう人もいるわけです。

10年間ほど通訳を務めましたが、すでに30人ほどのソムリエが旅立って行き各地で活躍しています。


「食に関するコーディネート」というお仕事は、どのようなものでしょうか。


ワイナリー訪問や、チーズの見本市、チーズ工場の視察、イタリアが発祥の地である、スローフード協会が開催する食の見本市の視察、トリフ加工工場見学等、食に関わるツアーを企画します。

訪問先、車・ホテル・レストランの手配をお客様のご希望に沿って、コーディネート、そして通訳として同行するのです。

ワイン輸入業者が主催するワイナリーツアーですと、訪問するのは取引のあるところだけになってしまいます。

私には、そのような制限がありませんから、お客様のご希望に沿って、どこへでもご案内できるのがメリットです。


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最も得意なチーズ料理を教えてください。


同じものを頻繁に食べることがいやなので、最も得意と言われてしまうと困ってしまいます。強いて挙げれば、

チーズの味をシンプルに楽しむのでしたら、
・パルミジャーノ レッジャーノのリゾット
・フォンティーナチーズと縮緬キャベツのスープ
・タレッジョチーズと洋ナシのリゾット
といったところでしょうか。


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ワインに最も合うイタリア料理がありましたら、教えてください。


・プロセッコと生ハム
・フランチャコルタとパルミジャーノ
・ファランギーナと水牛のモッツアレッラ
・ランブルスコとラザニア
・キャンティーとリボッリータ(黒キャベツと白いんげんのスープ)
・スフォルツアートと熟成したビット(チーズ)
・ブルネッロ・ディ・モンタルチーノとイノシシの煮込み
・バローロとバローロのリゾット 
・・・・

すみません、書ききれません。
それぞれのワインに特徴があるので、その特徴に合わせた料理が存在します。

水牛のモッツアレッラに軽めの酸味のきいた白ワインを合わせたら、最高です。

でも、どっしりした素晴らしい赤ワインを一緒に飲んだら、ものすごく’まずい’・・・はずです。


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和食とイタリア料理の親和性は古くから知られています。
食文化のコミュニケータとして、ミラノから日本へ伝えたいことは、何かありますか。


本場のイタリア料理を満喫しようとする方の大半が目指すのは、ミシュランの星付きの高級レストランです。

残念ながら、そこでは、本物のイタリア料理には出会えません。

そもそもイタリア人はそんな値段の張るところには気軽には行きませんし、そういう店では、家庭でも食べられるような郷土料理は出てきません。

本来、イタリア料理は、’貧しい’郷土料理が基盤です。
ぜひ、家庭料理が食べられるお店も試してください。
きっと本物のイタリア料理、おふくろの味に出会えるはずです。

スローフードがブームのようになってしまっていますが、素朴なイタリアの地方料理の歴史を知って、初めてスローフードの意義がわかります。

もっと根本からイタリア料理を知っていただけたらと願っています。




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池田美幸 いけだみゆき
通訳者、翻訳者。現在、イタリアミラノ在住。
農学部卒。イタリアに留学し食文化を学ぶ。イタリアのソムリエ、オフィシャルテースター、チーズテースターなどの各資格を取得。食・ワインに関わるコーディネート、通訳、翻訳を行う。